定温輸送の落とし穴



 定温はリーファー、また常温はドライと僕らは呼んでいる。「エトリヴァンはリーファーを使ってない」という指摘があるが、それは正しくない。15年前から夏季には定温輸送をしてきている。ここでいう夏季とは5月から6月のことで、7〜8月はワインを船積みした記憶がない。もっと正確には、エトリヴァンが夏季に使ってきた定温輸送は、ワイナリーから船会社の倉庫までは常温で、イタリアを出港して横浜の自社倉庫に入るまでは15度の定温輸送だった。夏季以外は常温輸送をした。こんなこともしてきた。ワイナリーに行った時にサンプルを2本預かって自分が日本に持ち帰り、海上輸送で輸入されたものと比較して飲んだりもした。残った1本と船便の1本を次の訪問時にワイナリーまで持参して、それに現地の同一品を加えて比較試飲をした。特にブルネッロのイル・ポッジョーネとタレンティは、このための時間を惜しまなかった。生産者を交えた試飲でも、ワインには有意な差異は認められないという結論だった。こういうことを何度もするうちに、常温輸送でも問題はないと思うようになった。ただし、夏季は横浜港での通関が6月中に終わるようにイタリアからの船積みスケジュールに気を配った。梅雨の中休みの晴れ間が問題で、コンテナの中は35度を越える。入港が遅れて通関が7月半ばにずれ込んだ時などは、梅雨明け宣言が気になった。
 2008年の後半からは季節を問わず、すべての輸送を定温に切り替えた。それもワイナリーから横浜の倉庫まで15度に設定した。いってみれば「ドアTOドア」のトータルな定温管理輸送である。それでも「定温輸送ワイン」のようなステッカーは貼ってない。ただ「エトリヴァンは定温輸送をしないのが会社の方針らしい」という誤解は解いておきたかった。なお、横浜の自社倉庫の年間平均温度は19度で、この温度で保管上の問題はないはずだ。
 「ドアTOドア」の定温輸送に切り替えたのは事実だが、常温輸送が多くの問題をワインにもたらすという議論には与しない。後述するように常温輸送で苦い経験もしているが、これは輸送経路の特殊性もあり、常温輸送でいつも起きることではない。エトリヴァンは創業25年になり、蒲田のセラーに残したワインは1000本を下らない。最近はこれらのワインを開けて飲む。バルバレスコ88、89、90年、バローロ88、89、90、91、92年、ブルネッロ85、88、90、94、95年、シャルドネ90、91、92、96年など、常温コンテナで日本に運んできたものばかりだ。どんなブランドだったのかはここでは問題ではないので、いちいち書かない。温度の変化が少なく、暗い場所に保管されていたことは事実。この10年間のエトリヴァン試飲会で、毎回10本を越える古酒を出して参加者に飲んでもらった。コルクの状態に問題はあっても、「常温だからワインの状態が云々」というものは一本もなかったと記憶する。僕に遠慮して言わなかったら話は別だが。
 今、あることを試みている。定温輸送(ドアTOドアではない)されたファンティ(Fanti)とパチェンティ(Pacenti)のブルネッロ1999年を蒲田のセラーで、常温(年平均温度18度)のワイン棚とワイン保存庫(15度設定)に各3本ねかせている。イル・ポッジョーネのブルネッロ2001年、タレンティ1997年も同じ条件で保存している。やがてこれらのワインの生産者が来日する機会があると思う。その時に比較試飲してもらう。おそらく保管条件による差を官能的に把握することは難しいのではと思うが、結果はどうなるのだろうか。
 ここで興味深く思い出すことがある。10年くらい前の正月に話は戻る。マストロヤンニのアンドレア・マッケッティから電話が掛かってきた。彼はワインをリヴォルノ港まで運ぶために「定温トラック」を仕立てても良いかと訊いてきた。そういわれても、真冬にどうして「定温」なのか、すぐには理解できない。アンドレアは「ここはマイナス8度!ワインにこの温度は無理」と叫んでいた。低温下では酒石酸などの結晶化が始まりやすくなる。氷点下になるとこの現象は珍しくない。一度結晶化すると常温に戻しても、沈殿物として瓶の底に残ってしまう。急がないので寒波が終わってから出荷する手配に落ち着いた。ワインにとって氷点下は厳しいストレスだ。
 次は常温コンテナの輸送で明らかに失敗した例。話は1991年に遡る。湾岸戦争が始まったころである。当時、シチリア島からレガレアーリをコンテナ単位で輸入していたが、パレルモから日本に来るコンテナ船はZIM LINEというイスラエルの会社によって運航されていた。船はパレルモ出港後、地中海を東に進んでイスラエルのハイファ港に向かう。その後コンテナはトラックに積みかえられて紅海に面したアカバまで陸送される。ここから横浜までは台湾の高雄かシンガポール経由で運ばれていた。季節は春で輸送中の温度は心配していなかったが、一部のワインは熱によるダメージを受けていた。具体的にはどういうことだったのか。ボトルのコルク栓がキヤップシールを破って浮き上がっていた。これはワインが熱で膨張してコルクを押し上げた結果と考えられる。検品してみるとコルクが隆起していたものは一部で、コンテナの金属壁面に接触していた箱だったのではないかと推測した。さらに詳しく調べると、コルクが隆起したボトルは箱の中の左右どちらかの列に限られていた。壁面は凹凸になっていて、凸面部分にあったワインには外部の熱がまともに伝わっていたと考えられる。食品を積載したコンテナは、一般的には喫水範囲に固定されるので、原因はハイファ港からアカバまでの陸上にあったと考えるのが自然。パレルモから横浜入港まで60日を要しているが、そのうち航海日数はせいぜい35日。残る25日間はハイファかアカバのコンテナヤードで滞留状態だったのではないか。これに懲りて、その次の船積みから発砲スチロールで断熱してワインを熱から守ったが、断熱材の廃棄処理にかなりの経費がかかるのでハイファ経由はやめた。現在は北部イタリアのヴェローナにあるレガレアーリの配送センターからリヴォルノ港まで定温トラックを仕立てている。
 おさらいをすると、ワインは一日の温度差が少なく、光から離れた環境に保管すれば問題はほとんどない。たとえば、昼間はエアコンで24度まで下がり、人がいなくなる夜間はスイッチを切る。これが繰り返される環境は、ワインには極めて居心地が悪い。
 温度差が少ない環境で保管したワインの寿命は長い。その意味でワイン専用保存庫は理想的だが、イタリアワインで長命の変化を楽しめるものはそれほど多くはない。赤ならネッビオーロ系統のものと一部のブルネッロ。しかし15年も20年も保存庫にあるラベルを眺め続けてどんな意味があるのだろうか。開けて飲んでこそワイン。フリウリのコッリオ系統のバリック熟成したシャルドネ、ソーヴィニヨンは常温保管(温度変化の少ない)で、10年たってもその健康年齢は充分に高い。このことはニェミッツ、ロサッツォ、ヴィーエ・ディ・ローマンスのワインで体験済みである。
 もうひとつの例を書いておこう。これはごく最近の体験で、予想外の結果に驚いた(写真参考)。ワインはソラティオーネ(Solatione)のキアンティ・クラッシコ 1992年リゼルヴァと、カザノーヴァ・ディ・ネーリ(Casanova di Neri)のロッソ・ディ・モンタルチーノ1992年。ともに1998年から蒲田のセラーに常温で保管していたもので、遺物みたいなものだった。輸入された時期は前者が1995年、後者は1994年と思われる。1998年までの保管状況は倉庫会社に預けてあったので不明。
 結論から書くと4本とも楽しめる状態だったが、比較するとワインの健康年齢には違いがある。①は状態の良いブルネッロの古酒で健康年齢はギリギリ。これは③にも共通した。②は残っていた5本の中からコルクの具合が良くないものを持ってきたが、①と比較すれば臭覚的には劣るが、飲んで楽しめないものではない。④は「お疲れさま」という感じ。
 上記二つのワインの健康年齢の違いは、サンジョヴェーゼの栽培環境が温度の高いモンタルチーノと冷涼な内陸山間地のキアンティというように、いわゆるテロワールにも起因しているのかもしれない。それともそれは単なるこじ付けか。
 不幸なヴィンテージ、1992年という思い込みが覆った。これには驚いた。この年の秋はフィレンツェに住んでいたので、当時の天候は今も鮮明に覚えている。連日の雨降りにうんざりして天気予報を見ることもなかった。そういう収穫年のワインがここまで生き延びるとはまったく思ってもみなかった。しかも温度管理などはなく、ただ置いておいただけ。これらのワインは、常温(温度差が少ない)でも10年くらいなら良好な状態で楽しめる、と言ってもいいのではないか。そういう場所は、抵抗感があるが、普通の家なら下駄箱だろうか。地産地消ワインは、その性格上ワインクーラーは必要だが、それ以外はお金をかけて保存庫を買う意味は小さい。ワインは眺めるものではなく、飲むもの。
 孫の二十歳の祝いに開けたいようなワインは、常温ではなく専用の保存庫に入れておくことを勧めるが、ワインがヴィンテージにより左右されることも頭の片隅におきたい。
 やや辛口のエピローグになってしまうが、あえてここに書いておきたい。定温輸送はワインにとっては理想だが、実はエコではない。特に「ドアTOドア」の定温輸送は、個別にトラックを手配するわけだから、消費エネルギーは多くなる。いわゆるビオワイン(地産地消ワイン)はさらに反エコロジカルである。畑も醸造工程もビオに徹するビオ・ディナミカワインは、生産者の指示に従えばトータル定温で輸送しなければならない。僕がビオワインを扱わない一番の理由はここにある。ビオワインは地産地消の典型。ビオワイン=エコロジカルのイメージは破れつつある。「ドアTOドア」が消費者側からの求めであれば、輸入者としてはそれに応えるしかない。だが倉庫に入ったワインを定温管理しようとすれば多くのエネルギーを消費する。これは避けなければならない。エトリヴァンにできることはひとつだけ。倉庫の屋根に遮熱性を高めた特殊塗料を塗って平均温度を下げるしかない。これで年間平均温度は2度くらい下がるらしいが、そこまでしなければならないのか、という気持ちもある。デパートやスーパーのワイン売り場、コンビニの棚、あるいはワイン専門を標榜する酒店には「定温輸送ワイン」のステッカーが貼られたワインが、光や熱のリスクとはまるで無関係に陳列されている。くどくなるが、あえて書いておきたい。2008年の後半から輸入されたエトリヴァンのワインはごく一部を除いて「ドアTOドア」の定温で運ばれている。また「ごく一部」もリヴォルノ港から横浜の倉庫までは15度設定の定温管理輸送になっている。夏季と厳冬下では徹底した温度管理が必要だが、それ以外は地球温暖化に加担しているだけ、と思う。