パチェンティ・ブルネッロ2004年顛末記



 パチェンティのブルネッロ2004年には泣かされた。2009年5月に同じ生産者のロッソ・ディ・モンタルチーノと一緒に輸入された。「ドアToドア」の定温管理で輸送されてきた訳ではなかったが、リヴォルノ港から横浜の倉庫までは、15度の定温管理が設定されていた。現地では、定温トラックが配車の都合で、定温のオーダーがなくてもワイナリーの集荷に行くことも稀ではないので、「ドアToドア」だったかもしれない。
 このブルネッロ、つまりパチェンティ2004年は、輸入して試飲した時点から納得がいかなかった。官能テスト以前のこととして、コルクの液体接触面に付着物があった。異臭はなかったが、まずブルネッロの体格を備えていなかった。パチェンティのブルネッロのワイン像は、バリック熟成によるタンニンの「こなれ」に特徴があるが、このワインには「こなれ」の結果としてのヴァニラ香がなく、まとまりのない雑多なワインだった。バラバラにピックアップして、3本たて続けに試飲したが結果は変わらなかった。二週間ばかりワインを休ませて再び試飲してみたが、同じだった。2009年12月18日にイタリアに積み戻しするまでに、自分たちがしたことを以下に書いておきたい。自分が納得してないものを売る訳にはいかなかった。
 最初にしたことは、コルクの付着物を知ることだった。付着物はボトルの中にも浮遊していたので、ソムリエが使う濾過器(体裁の良い茶漉しみたいなもの)にワインを流して浮遊物を集めてみた。これは、例えると納豆に付いてくる青のりで、色はやっと緑色とわかる程度。臭覚的にはこれというものはなかった。結晶化したものではないので、酒石とは考えられなかった。デジタル写真を撮って親しいイタリアの醸造家にメールで送った。この写真を見ながら、彼はいくつかのことを僕に質問してきた。「写真から考えられること」という前提で、次のような説明をしてくれた。異なる収穫年のワインを混醸した結果ではないか、と言うのである。あるブルネッロの生産者も同様の見解だった。このような混醸は法律、つまりブルネッロの醸造規定でも認められているから、比率を守りながら別のヴィンテージのブルネッロを混ぜることは問題にならない。ただ、急激な温度変化が引き金になってこういう事態になるケースもあるという。問題にするパチェンティのブルネッロ2004年が常温に置かれた時間は、ワイナリーから船会社の倉庫までの数時間で、この数時間が原因になったとは考えにくい。荷物の移動は5月だったので、ヒートショックを云々する時期でもない。同時に運ばれてきたロッソ2007年にはまったく問題がなかった。
 次に、念のために浮遊物が酒石なのかどうかを確認するために、公的検査機関にサンプルを持ち込んで分析を依頼した。思っていたとおりで酒石ではなかった。こうなると、イタリアで生産者が「多分これだろう」と見当をつけて、分析機関で特定してもらうしかない。
 我々からの問いに対して生産者は、デカンターに移して濾過して飲んで欲しいと言ってきた。それはもう試飲時にしたことなので、もう一度してみる気にはならなかった。浮遊物が問題だったのではなく、ワインそのものの品質がパチェンティのスタンダードから大きく乖離していた。そこで生産者に2本を空輸して、試飲してもらうことにした。たまたま香港に出張していた社員を帰国させずに直接モンタルチーノまで派遣して、空輸したブルネッロを一緒に試飲する場を持つようにお願いした。スタッフがモンタルチーノに到着した時には、空輸のワインはまだ通関中で、残念ながら本来の目的は果たせなかったが、ワイナリーから2本のサンプルを持ち帰った。さらに、スタッフに市販されているブルネッロをモンタルチーノとミラノで一本ずつ購入させた。これで①エトリヴァンが輸入したもの、②生産者から直接渡されたもの、③市販されたものが集まった。①と③ではボトリングの日付が違っていた。②はラベルがなく、ボトリング時期は不明。
 ②③のワインは、8月の末に届いたのでしばらく落ち着かせて、9月半ばに試飲をした。浮遊物は①②で共通に認められたが、②ではやや少ない印象を受けた。官能的にはほぼ①も②も同じ。③はパチェンティのブルネッロのスタンダードであるが、前年ヴィンテージよりも均衡がとれた酒質。改めて2003年が難しい収穫年だったと認識した。なお③には浮遊物は無かった。③はこのようにヴィンテージの話ができるが、①と②には異議を唱える。パチェンティまで行かせたスタッフの話では、現地で生産者と一緒に試飲したものは①と②の中間と言っていた。
 毎年予約で販売しているものなので、上記の事情を伝えて一部の人たちにはワインを届けた。パチェンティがいう飲み方に僕は納得していなかったが、10月に予定されている年一度の試飲会にブラインドで出そうかとも考えた。しかし、このために人手がとられてしまっては会の運営に支障をきたすので思いとどまった。一部の人たちに届いていたブルネッロ2004年の回収も決めた。
 パチェンティには、品質的に無理なので販売を中止する旨のメールを書いた。1991年以降、生産しなかった92年、02年を除いて、すべてのヴィンテージを買い付けてきたので、彼のブルネッロは一応知っているつもりだ。「2004年ヴィンテージでパチェンティの名誉を傷つける訳にはいかない」と短いメールを送った。すると彼からも「20年の取引関係を今回のことで失ないたくない」という返事が届いた。
 25年間のエトリヴァン輸入史で、こういうことは何度か起きている。しかし、自分たちの責任を認めたワイナリーは、パチェンティ以外にたった一社しかない。イタリア人は、何だかんだと御託を並べて、返品や保証には応じない。パチェンティの潔さはどこからきたのだろうか。多分、日本から届いたワインを飲んで、僕が訴えてきたことを理解したからではないか。問題解決の出口が見えてほっとしている。
 2005年ブルネッロは、2010年1月以降に正式に販売される。2005年は04年よりヴィンテージ的には少し劣るというが、それは自然がもたらした結果。収穫年に由来する出来、不出来、あるいは「Wine Spectator」の点数、「Gambero Rosso」のグラスの数を調べあげてワインを買い付ける姿勢は、エトリヴァン文化には馴染まない。