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大阪・京都試飲会で知ったこと


 まずは4月9日の大阪会場の話。最近場所は変わったが毎年4月に開催されているのでほぼ恒例となっている。もちろん商品を知ってもらうためにする試飲会だが、勉強の機会という意味でエトリヴァンが輸入した古酒も何本か開けることにしている。古酒はすべて1997年の秋から蒲田の遺物堂で眠っていたもので、厳密な温度管理はされていなかった。冬季で12度、また夏季は24度位が平均温度と思われる。細かく記録したわけではないから、断定的なことはここには書けない。ただ、盛夏の二カ月間は冷房を継続的に使ってきた。
 画像があるのでワイン名は省略して、左から①②③④として話を進めたい。これらのワインを選んだ理由は①たまたま開ける機会があり、その健康年齢の高さに驚いた。大阪で別のボトルを開けてそのことを確かめてみたかった。②昨年の夏に同一ヴィンテージ、同一生産者の畑違いのブルナーテ(Brunate)を開けた。いわゆる不良年のバローロとしては充分に楽しめた。畑を変えて1992年を知りたくなった。③歴史的優良年のキアンティを同じサンジョヴェーゼ系統の④ブルネッロと比較する試み。
 まず4本のワインすべてにコルクの問題はなかった。これだけでも吉兆。①は横浜と同じ色合いで、まだ赤色に生彩があり、口の中で流れを作っても20年近く経過した古酒にありがちなマルサラ風味は無かった。②はワインマスコミで不幸なヴィンテージとされた1992年。僕がフィレンツェで暮らした年でもあり、秋の長雨にうんざりした記憶が今も鮮明。もちろん下り気味で健康年齢を失いかけているが、満足できる液体だった。色味はピノ・ノワールに近い。バリック熟成、しかも1992年。ここまで持続するとは思ってもみなかった。③と④の比較は明快。③はリゼルヴァとはいっても疲労している印象。④飲み始めは「なめし皮」が支配的だったが、開いてからは滑らかに流れる液体。赤色は退色が始まっていたが、レンガ色くらい。天候に恵まれた1990年といっても③キアンティと④ブルネッロでは熟成の結果に素性の違いのようなものを感じた。




パチェンティ(Pacenti)1999年比較試飲(大阪会場)



 2本同じものを用意した意図は、保管条件の違いでワインがどの程度の影響を受けるのか、多くの人たちに問いかけ、感想を求めることだった。画像のコルクにRとAが記されている。Rは定温(フォルスターで17度)、Aは常温保管を意味する。輸入されたのは2004年でそれ以来、上記のような保管条件下にあった。4月9日の来場者は約70名で、30名がこの2本のブルネッロを試飲している。
 コルクに問題はなかった。試飲する人には2本のブルネッロが開けられている意味は伝えずに飲んでもらった。10名の方が、Aには「滑らか」な印象をもったと言っていた。10名全員が「滑らか」と表現したわけではないが、言いたかったことはこの言葉で収まりがつく。結論は定温でも常温でも6年くらいの時間経過では上記くらいの違いしかない、ということであろう。3〜4年後に同じ試みをしてみよう。
 参考になりそうなので書いておきたい。昨夜(5月29日)、「一期一会」の体験をした。会った人はクチーナ・ヒラタの平田さんご夫妻。場所はピアット・スズキ。ワインはGajaのシャルドネ1986年、Casanova di Neri のブルネッロ1979年。2本とも平田さんが約20年間、自宅のワインクーラーで寝かせていたもの。因みに赤は僕が大昔、多分1989年ころ輸入して販売したものである。現在、輸入者の手元には1本も残っていない。2本ともとんでもない液体だった。確かこのブルネッロは、アメリカからキャンセルになってネーリの倉庫に積み重なっていた。たまたま視線が止まって買った。中味に不安があったので少量を輸入したところ、古酒の珍しさも手伝ってあっと言う間に完売した。ワイナリーには僕が買った残りがそのままあるということなので、すべてを買い取った。23年前のシャルドネ、30年前のブルネッロがここまで到達できたのは、やはりワイン保存庫があったからではないか。コンプレッサーを交換した以外に20年間修理らしいものは無かったと平田さんは言っていた。平田さんと今も頑張るフォルスターの保存庫に黙して敬礼。




京都の試飲会



 4月10日に勉強の目的で開けられたワインは画像に見える通り、左から①②③④とする。①は大阪と重なっている。これは大阪会場での印象と全く同じ。②については自分のバルバレスコ体験が少ないので何とも言えないが、参加者からは特別マイナスの声はなかった。コルクに傷みがあったが、中味とはまったく無関係。③の健康年齢はもう少し先になって語り始めてもいいのではないか、と思うくらい元気だった。④京都ではこのロッソが参加者の関心を引いた。「ピッコロ・ブルネッロ」のストライクゾーンぎりぎりにおさまっていた。まあまあのヴィンテージのブルネッロが熟成すると、こんな感じのロッソになる。1995年という収穫年の性格を考慮しても驚きだった。保管は10年間、常温だったので、もし定温ならどうなっていたのだろうか、と思わないわけではないが、これはもう職業上の病気みたいなもの。①から④まですべて常温コンテナー輸送され、倉庫(年間平均気温19度)に保管されていた。