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Merlot

メルロー

 イタリアワインを30年近く専門に輸入してきた人間が、メルロー好きというのは唐突の感ありかもしれない。でも、実はその通りである。白ぶどうでいうとシャルドネ、赤ぶどうではカベルネ、メルローはパスポートみたいなもので、これらの品種は世界中を歩きまわり、それぞれの土地に定着した。イタリアでも広い地域で栽培されているが、主に北東部のアルト・アーディジェ、ヴェーネト、フリウリに多い。ヴェーネト地方ではカベルネ・フランと混醸されて「メルロー」として市場に出ていく。量的にはこれらの州とは比較にならないが、トスカーナ、ウンブリア州でも作付けされている。メルローは寒さや湿気にも比較的耐えられる品種なので日本でも生産されている。
 フランスの高いワインにはお金を使ってこなかったが、ペトリュスをはじめ、ポムロール系統には散財してきた。日本のメルローもいろいろ飲んできた。中には「浅間メルロー」のように、名前に踊らされて買ったものもあった。ソラリスシリーズの「信州千曲川メルロー」、「ラ・モンターニュ」、「プリマヴェーラ」、「桔梗原メルロー シグネチャー」など、いろいろな国産メルローを体験した。おおむね良くできていたが、残念ながら中には名ばかりで、フリウリの街道沿いのバールで、「赤ワイン一杯!」と注文すると出てくるレベルのワインもあった。メルシャンの「桔梗原メルロー」には賛辞を惜しまない。ただその価格には驚く。日本のワインラバーズがコレクションとして買う一本ならいいのだろうが、「そんなに美味しいのなら自分も買って飲んでみよう」という値段ではない。世界に通じる「桔梗原メルロー」は、イタリアの生産者が「今年は天気に恵まれたので」というような楽天的な気分の中では造られてない。「自然との戦闘的な対峙」の結果である。
 八ヶ岳南麓のボーペイザージュ、岡本英史さんが造ったメルロー「ラ・モンターニュ」も佳作だと思う。ただこのメルローには、僕が好きな「もたつき」がまだ出ていない。専門家は「粘着性」と表現する。しかし僕には「もたつき」のほうがすわりが良い。ともあれ始まったばかりのワイナリーなので、この先に期待をつなげたい。むしろ彼のワインではピノ・ノワールが良い感じ。今の段階でブルゴーニュと比較するのは野暮というものだが、この品種の雰囲気は出ていた。
 イタリアで初めてのメルロー体験は、アーマ(Ama)の従業員食堂で飲んだ「アッパリータ」1987年だった。これに続いて「デシデーリオ」1988年や「マッセート」1998年など、いろいろなメルローを楽しんできた。20年ほど前、シチリアで取引先の夕食に招かれた時に、「ペトリュス」を飲ませてもらった。パレルモ市郊外のごく普通のレストランで、氷をいっぱい入れたワインクーラーで冷やして飲んだ。7月半ばでワインは温い感じだった。率直に言って、何の印象も残らなかった。10年くらい前に日本で購入して会社で飲んだ。この時も払ったものに対する満足度は高いとは言えなかった。
 この後もメルローを知る旅は続く。日本発のメルローに対する関心がさらに高まった。ピエモンテではどういう理由か知らないが、メルロー単一のワインがない。おそらく、醸造規定上で無理があるからではないか。南イタリアではメルローの素質が栽培環境に適していない。いくら温度差がある丘陵の高地部に植えられているからといっても、暑い地域ではうまく成長できない。
 メルローは早熟系なので、収穫期の気候にはあまり大きな影響を受けない品種だといわれるが、フリウリのアルド・ポレンチッチのメルロー、「メルロー・ウーニコ(Merlot Unico)」2003年は極端な猛暑の年でワイナリーは苦労を強いられた。午前4時には畑に出てぶどうを摘んだ。午前8時には30度を越えた。収穫したぶどうは熱で傷み始めるので、ドライアイスで冷やしながら、ワイナリーまで運んだという。2003年の9月中旬にここを訪れている。モストの周囲からは小さなハエみたいな虫が渦巻いて飛んでいた。こういう光景を目にすると、「口に入れるものなのに大丈夫かな」と心配してしまう。皮の部分をどかしてモスト(多分、虫も入っていたと思うが)をなめさてもらった。確信が持てたのでその場ですぐに予約した。このメルローは2006年の春に入荷した。高いワインだったがよく売れた。最初のロットは常温で、二回目は定温輸送したが、未だこれらを比較して飲んだことはない。アルドは2004, 2005年の品質に納得がいかなかったので、「ウーニコ」を瓶詰しなかった。したがって、この「メルロー・ウーニコ」2006年は久しぶりになる。「メルロー・ウリーヴィ」2006年は、様々な要因で「ウーニコ」になれなかったメルローと考えると、その存在が分かり易い。やっぱりワインは不思議なもの。この「ウリーヴィ」は、現在の時点ではその兄貴分よりもこなれていて、いい感じで飲める。メルローは元来、タンニンの質にカベルネのようなくどさがなく、とっつきがいい。僕が好きな「もたつき」がくどくない程度にある。2006年「ウーニコ」はもう1-2年はお蔵入りにして、「晴天の霹靂」を待つ。ここで慌てると損をする。
 次はソラティオーネのメルロー、「ロッソンブローゾ(Rossombroso)」2006年。このメルローは2007年にキアンティを買いに行った時にたまたま試飲させてもらったもの。生産者のファビオはバリック2本(ボトル数にして約600本)しかないメルローなので、キアンティに混醸してしまうか、本数に関係なくボトリングするか悩んでいた。キアンティに混醸できる比率は決まっているから、いずれにしても余る。こちらが「500本まるごと買ってもいいから、メルロー単一で出してみたら」と誘うと、彼は「ラベルのこともあるし、600本のためだけにはね」といって困惑顔になった。結局、2009年の秋には480本のロッソンブローゾを入手した。このワインには自分がこだわる感じの「もたつき」がある。厚化粧のメルローは市場にいくらでもある。メルロー特有のソフトなタンニンが、実は「もたつき」の正体。「まったり」したメルローはイタリアにもアメリカにもある。特にアメリカの大先生たちは、この手のメルローがお好みだ。美味しいが次の一杯に続かないのが難点。ロッソンブローゾは飽きない。前記のポレンチッチのメルローに比較すると、やや線が細いが、非常によくできたワインだ。畑は南、南東に面して日照時間は長い。夏でも夜間は長袖が必要なほど、昼夜の温度差が大きい。「マッセート」は人間の意志が造り上げたワインとすれば、「ロッソンブローゾ」はファビオが自然と上手に対話をした結果ともいえよう。メルローを混醸したキアンティ・リゼルヴァ 2006年は、アーマの「ラ・カズッチャ」の系譜につながるものと考えている。サンジョヴェーゼの酸味がメルローのビロード感で和らいでいる。ファビオに「スーパートスカーナで売っても充分に戦えると思うけど」と言ったら、「父親はキアンティを造っていたから、キアンティでいい」と欲が無い。2007年は「不労所得」のヴィンテージ。メルローを樽から試飲させてもらった。何も言うことなし。秋の出荷を待つのみ。2007年はイタリア全土が歴史的優良年だったが、特にピエモンテとトスカーナではそのようだ。季節の移り変わりが、前者では1989年、後者では1990年が2007年に似ていたという。たとえば2007年のアンセルマのネッビオローロ・ダルバは、バローロにしても不足ない素質を持っている。しかし、タンニンの押し出しはソフトで、これがいい。日照に恵まれてゆっくりと成熟したぶどうのタンニンは穏やかだ。
 話は再びメルロー。カーザ・ズリアーニ(Casa Zuliani)のメルロー、ウィンター(Winter)。このワインに出会ったのは2007年の9月。昔アッバツィア・ディ・ロサッツォで働いていたアンナ・ブランドリンが経営するペンションで、たまたまカーザ・ズリアーニの販売部長と知り合った。最初はこちらにも時間の制約があるのに、「行きます」と軽く返事をしてしまったことを悔いてしまったが、結果的には良かった。アンナはペンションを経営しながら、コルクやボトルをセールスして歩いているので、フリウリのワイナリー情報に通じている。「ウィンター」2004年は試飲してすぐにいけると思った。これは職業上の勘。好きな「もたつき」は異なるトーンだったが、黒いベリー系統の果汁はバリックと馴染んでいた。樽香の押し出しにストレスを感じないので、邪魔になるものがなかった。肉付きの良さだけで押してくるメルローは珍しくない。この「ウィンター」はその系統ではない。雰囲気的には、年を重ねるとポムロールの世界に近くなるのではと思う。

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