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Fattoria Ponte a Rondolino

Fattoria Ponte a Rondolino

ファットリア・ポンテ・ア・ロンドリーノ

 このワイナリーを扱うようになった由縁は、今となっては思い出せない。そして最初に輸入したヴェルナッチャ・ディ・サン・ジミニャーノ(Vernaccia di San Gimignano)は、蒲田の遺物堂にも残ってない。写真のワインは、Carmen(カルメン)といって、たしかワイナリーオーナーの奥さんの名前に因んだものと記憶している。夫人はフランス人で、フラメンコのプロダンサーだった。ワインの素性を知る資料は手元には全く残ってないが、瓶には紙のラベルはなく、それに代わるものが印刷されている。水と空気には無理としても、それ以外には印刷できるものなのだと驚いた。
 トスカーナの白ワインといえば、それはすぐにヴェルナッチャが想起されるが、ここのワイナリーのものが特に良かったというわけではなく、むしろ小樽で熟成させたテルレ・ディ・トゥーフィ(Terre di Tufi)に魅力を感じていた。白ワインを黒い遮光性の高いボトルでプレゼンテーションする奇抜さが、従価税を跳ね除けるエネルギーとなって、高価にもかかわらず販売量は増えていった。ワインマーケティングの序奏時代を象徴する一本だった。
 あのころ(1980年代前半)は、サンジミニアーノも今ほどの観光地ではなく、このワイナリーを初めて訪れた時は、まだ城壁の中まで車で入れた。迎えに来たテルツィは、車は広場に置いたままでいいからと言って、僕を彼の泥まみれの四輪駆動車に案内した。四半世紀前の話。まだまだのんびりした時代だった。

1990年まで生産者より輸入。