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Isole e Olena

Isole e Olena

イーゾレ・エ・オレーナ

 イーゾレのワインの初体験は、写真のチェッパレッロではなく、伝統的なキアンティ・クラッシコだった。ヴィンテージは1985年で、しっかりした骨格のワインであった。それまで大量生産のキアンティしか飲んでいなかったので、世界を指向するワイナリーが造るものの品質に驚いた。2000年から、キアンティ・クラッシコは補助品種の束縛から解かれて自由になったが、イーゾレではこの年を待たずに、ほぼサンジョヴェーゼのみでのキアンティ・クラッシコ醸造に舵取りが始まっていた。イーゾレを経営するパオロ・デ・マルキ(Paolo de Marchi)に初めて会ったのは、1987年のヴィニタリー(Vinitaly)の会場で、同じブースにはバローロ生産者のアルド・ヴァイラ(Aldo Vajra)がいた。これを縁にヴァイラのバローロも輸入することになったが、この間の事情はまた後で触れたい。
 パオロはサンジョヴェーゼを知り尽くしていた。僕が彼に繰り返し質問したことがあった。イーゾレから3キロくらいしか離れていないところにモンサント(Monsanto)があり、イタリアでも日本でもよくこのワイナリーのかなり古いキアンティを見かけていたので、「イーゾレのキアンティも20年はいけるのか」とくどくど訊いた。彼はこれには直接は答えずに、なぜモンサントが長熟なのか自分にも分からないと言った。サンジョヴェーゼに関しては、モンタルチーノのタレンティと同様に、多くの経験を積んだこの人にも解らないことがあるのかと奇妙に納得した。前者は、モンタルチーノの環境はサンジョヴェーゼにとって幸運なところで、ぶどうが完熟し易いと言っていたのに対し、後者は、冷涼な気候のキアンティ北部丘陵では、よほど天気に恵まれない限り完熟は無理で、「何か」を混ぜないとワインのバランスはとれないと経験的に語っていた。つまり、この品種はテロワールによって熟し具合にかなりの差があり、それは飲み心地にも反映してくる。リーデルがタレンティの助言を入れて、ワイングラスの形状をブルネッロとキアンティで変えている理由も、このあたりにありそうだ。
  ところで、サンジョヴェーゼ単品種のCepparello(チェッパレッロ)は、世にいうスーパートスカーナブームの先駆けになったワインであるが、パオロ自身はキアンティ・リゼルヴァのつもりで造ったと言っていた。したがって、本来は毎年生産されるはずのものではない。ひとくちにスーパートスカーナといっても、トスカーナ沿岸部のサッシカイアと内陸北部のチェッパレッロとでは、テロワールに本質的な相違がある。後者は、くどくなるが、完熟は1985年以降昨年まで五回しかなかったと言う人がいるくらいだ。稀な優良年しか瓶詰しないリゼルヴァ生産の原点を見失ったパオロは、2002年ヴィンテージをリリースしてしまった。この時、チェッパレッロは市場に横溢するスーパートスカーナのひとつになり、その輝きを失った。
 ワイナリーは、巨額の設備投資をしてより品質の高いものを目指すが、回収を急ぐあまり、以前なら瓶詰に躊躇したレベルのものまで市場に、それも溢れんばかりに出してくる。むしろそういうヴィンテージのワインは、出荷しないほうがかえってブランドを磨くことになると思うのだが。ワイン造りに秘密はない。収穫期の一カ月がすべてともいえる。この時期の天候の移り変わりに質と量ともに左右される。たとえ収穫時に降雨があっても、小規模のワイナリーであれば人海戦術で何とか乗り切ってしまう。この場合、量的には少なくても品質の維持はできる。しかし、より品質にこだわるのなら、経済的な不都合には目をつむって瓶詰は諦め、大きなワイナリーにバルクで売却してしまう。このようなスタンスの小規模ワイナリーが台頭しつつある。スーパートスカーナ第一世代は、ブランドに安住してはいられない時期に差し掛かっている。
 イーゾレのワインではシャルドネが群を抜く。トスカーナという狭いしばりの中で語られるシャルドネではない。パオロは「自分はキアンティメーカーだから、本当はそっちで褒められたほうが嬉しいけど」と言っていた。

2007年まで生産者より輸入。