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Avignonesi

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アヴィニョネージ

 このワイナリーに行ったのは、多分ブルネッロがかなり揃ってきて、輸入リストにヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノを加えて、トスカーナワインを充実させたかったからではないか。皮肉なもので、ワイナリーに出向いて試飲させてもらった中で気に入ったのは、ノービレではなく白のイル・マルゾッコ(Il Marzocco)だった。これは、そのころ少しずつ市場に出回り始めていたバリック熟成のシャルドネで、樽を使ったイタリアの白ワインとしては珍しく、それなりの数量が捌けた。本命のノービレの方は期待はずれで、モンタルチーノから直線で20キロ弱しか離れてないのに、ブルネッロと共有するものを見いだせなかった。トスカーナ地方中部の内陸で、ここもサンジョヴェーゼ(地元ではジェンティーレ・プルニョーロと呼んでいる)が熟すのが難しいらしい。ヴィーノ・ノービレに関心がなくなった訳ではなく、フィレンツェに出かけた時には、ワイナリーを変えていろいろと試飲を繰り返しているが、まだこれはというものに出会っていない。
 アヴィニョネージで印象に残るのは、写真のメルローでヴィンテージは1988年。このワイン誕生の来歴は分からないが、今のスーパートスカーナより素直で、いわゆる醸造コンサルタントの関与があまり感じられない。いかにも天候に恵まれた年のメルローで、果実味と重厚感が誘った酔いは今も忘れ難い。カステッロ・ディ・アーマのラッパリータ(L’Apparita)1987を輸入することがなかったら、このメルローが僕の職業人生の語り種になっていたのではないだろうか。高価だったのによく売れた。輸入元には一本も残ってない。スーパートスカーナ第一世代の代表格で、次の時代を用意したエネルギー源だった。デジデーリオ(Desiderio)という名前の体重1600キロを超える牛を配したラベルが、厚い酒質のメルローを伝えている。生産者は、プリムールワインとして先払いを要求してきたのでそうしたが、そんなことをお客さんに言えるはずもなく、スタート間もないエトリヴァンにはたいへんな資金的負担だった。とはいえ、僕のメルロー体験を豊かにしてくれた一本で、エトリヴァン輸入史に輝く。アヴィニョネージのワインで残っているのは、ノービレ1985年マグナムのみ。

1991年まで生産者から輸入。