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Braida

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ブライダ

 このワイン、ブリッコ・デル・ウッチェッローネ(Bricco dell’Uccellone)は、ピエモンテに行った時、昼食に招待されたレストランで飲んだのがきっかけで輸入するようになった。その時食べたものを、今でもはっきり記憶している。レストランの名前はNeuvで、おそらくヌュイーヴと発音するのだろうか。ターナロ(Tanaro)という川のすぐそばにあり、僕が行った数年後に水害にあっている。季節は秋で、ピエモンテ特有の白トリュフの強い香りがレストランに漂っていた。前菜に出てきた半熟の卵に、白トリュフが鰹節のようにかかっていた。香りの強い食材は好きだが、ここまで匂うと、もう閉口してしまう。そもそも半熟の卵が不得手で、僕にしては珍しくお皿に盛られたものを残した。ピエモンテ郷土料理のタイヤリン(溶かしバターをからめた細めん)にも、パスタが半分隠れてしまうくらいふりかかっていた。ともかく、季節の白トリュフを求める人たちでレストランは賑わっていた。
 バルベーラは、自分の中ではどこにでもあるぶどう品種で、勧められてもピンとこなかったが、いろいろな所で見かけるラベルなので開けてもらった。樽のバニラ香が、ほどよく混ざり合った深紅の液体の口当たりは抜群だった。しかし、これは一口だけで、その後は白トリュフの強い香りに邪魔されるだけ。グラスに鼻を深く入れても、顔を離したら、やっぱり周りのトリュフに嗅覚はマヒしてしまった。招待された席なのでボトルを持ち帰る訳にもいかず、アルバのエノテーカで一本買い求めた。この店の主人が「バルベーラならこれがトップだね」と言うので調子に乗って6本買ったら、夕方ホテルまで届けてくれた。
 ブライダを初めて訪ねたころは、ジャコモ・ボローニャ(Giacomo Bologna)も元気で、娘のラファエッラ(Raffaella)はまだ父親の仕事を手伝ってなかったように記憶する。当時としては高価であったが、バルベーラのイメージを一変させたこともあり、それなりの本数が売れた。最近このクラスのバルベーラはそれほど珍しくもなく、しかも財布の中味を考えなくても買えるものがあると思う。数回ブリッコ・デル・ウッチェッローネを輸入したが、同じ生産者のモネッラ(Monella)はほとんど売れなくて、レストランにタダで配って終わりにした。たぶんあのワインは故障していたと思う。

1991年ころまで生産者より輸入。