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Chionetti

Chionetti

キオネッティ

 僕はこの生産者をキオネッティさんと呼ぶ。今年85か86歳になるのではないだろうか。彼とどのような経緯で知り合い、ワイン取り引きをするようになったのか、これらを辿る糸口が見つからない。
 知り合ったのは間違いなくアルバの町で、少なくとも23年は遡る。この町であったワイン関係の会で出会っているのではないか。それからすぐ彼のドルチェットを輸入するようになったのか、これもはっきりしない。とにかく長いお付き合いをしていることは確かで、この仕事をして知り合いになれた好人物の一人である。
 この人は筋金入りのアンチバリックで、バローロをダメにしたのはバリック(225リットルの木樽)と遠慮なく言う。キオネッティさんは「なぜ人間がそこまでワインをいじくるのか」と問いかける。熟成に時間がかかるのであれば、人間が待てば済むという考え方である。テーブルを囲むと、自分たちが造るドルチェットについては話題にはならずにバローロ談義で終始する。
 キオネッティさんは、ドルチェットしか造ってないので雨降りの中で収穫はほとんどない。早い年では9月中旬からぶどう摘みが始まるから、ネッビオーロのように秋の雨に濡れる心配がほとんどない。熟成には木樽は無縁なので、ワイナリーの中はその関連設備がないだけ広い。ドルチェットは収穫から一年後には出荷されるから、ワイナリーの中は季節によってガランとしている。
 ピエモンテの人たちは、日常的にはこのドルチェットやバルベーラを消費していて、人が集って卓を囲む時などにバローロを開けている。ドルチェットは5〜10年も寝かせるワインではないが、キオネッティさんのブリッコレーロ(Briccolero)は5年くらい経っても楽しめる。ドルチェットは日本でもっと飲まれてもいいのではないか。名前から甘さをイメージさせるが、そんなことはなく食べ物も選ばない。タンニンがソフトなので、渋味で赤ワインを敬遠する人たちにも受け入れられやすい。
 訪ねて行くと、毎回と言っていいほどお土産に木箱に入ったマグナムを持たせてくれる。重くて日本まで一苦労するが、結局は持ち帰ってくる。蒲田の遺物堂に並べてあるが一本も開けたことがない。これも開けてみよう。
 キオネッティさんは、僕が行くといつも交通事故で亡くなった一人息子の話をする。20年前に亡くなった自分の息子を覚えている日本人に会えてうれしいのだろうか。たいしたことはできないが、僕はこの人のためならもっと売ろうという気持ちになる。

1988年より生産者から輸入。
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