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Fontodi

Fontodi

フォントーディ

 このワインもスーパートスカーナ第一世代のシンボル。僕が当時(1980年代後半)飲んだサンジョヴェーゼ単一のスーパートスカーナとしては、群を抜いてよかった。そのころは、醸造コンサルタントが誰それという話はまだ珍しく、ワイナリーに足を運んでも、まず畑を一周してから試飲になった。ワインによっては、収穫年の違いの変化を感じとってもらうために、複数のボトルを開けてもらったりした。フォントーディのぶどう畑の下を街道が通っていて、いつもこのあたりにさしかかると、モンテヴェルティーネで試飲したアルコールが影響して車の運転がイヤになる。大きな駐車スペースのあるバールに入ってコーヒーを飲んで、車の中で休憩したものだ。このラベルも以前から気にはなっていたので、思い切ってワイナリーのブザーを押した。これがフラッチャネッロ(Flaccianello)輸入のエピーソード。このころ、すでにアーマ、イーゾレ、カファッジョのキアンティを輸入していたから、このスーパートスカーナだけを輸入したかったが、他のワインも合わせてという生産者の意向を入れて、キアンティ、シラーも買い付けた。1987年のトスカーナは天候不順だったので、あまり期待しないで試飲させてもらったが、これがかなりの出来で驚いた。遺物堂に残ったたった一本のフラッチャネッロ87年はどうなっているのだろうか。一本だけで比較もできないので、エトリヴァン輸入史の史料として保存しておく。
 話題は87年ヴィンテージに戻る。とても雨降りの年のワインとは思えない輪郭があった。応対してくれたマネッティ(Manetti)は、畑にはかなりのぶどうを収穫しないでそのままにしたと言っていたが、醸造工程で人間がさまざまに関わった努力が、このようなワインを誕生させたのだろう。1987年は「人間の年のワイン」。これに対して2001, 06年のように、好天に恵まれて人間が手間をかけなくてもワインができてしまう年を「不労所得の年」という。しかし、必ずしも人間が関わったワインが駄作というわけではない。例をあげれば、アーマのラッパリータ87年(「記憶に残るワイン1」参照)は、今でも自分が飲んだメルローでは一番だと思っているし、イル・ポッジョーネのブルネッロ87年リゼルヴァもつい最近まで楽しめた。ペルゴレ・トルテ1992年は、ガイド本ガンベロロッソで最高の評価(トレビッキエーレ)を与えられている。1992年は僕がフィレンツェに住んだ年で、秋は雨ばかりでその買い付けに二の足を踏んだ。フラッチャネッロ87年も然りで、ワインにはそれぞれのストーリーがあって、飲む楽しみを膨らませてくれる。このワイナリーからアレもコレも輸入するのは無理で自分の方から取引を断った。

1990年頃に生産者より輸入。