草創期▼
開拓期▼
Roberto Voerzio

Roberto Voerzio

ロベルト・ヴォエルツィオ

 ヴォエルツィオのバローロの輸入を思い立ったのは、ラ・モルラ(La Morra)地区からの選択だったと思う。1991年ヴィンテージがまだ残っているので、輸入を始めたのは、おそらく1994 か95年ころと推測する。バローロをバリックで熟成するのは、未だに少数派だが、当時は試行錯誤を重ね始めたころだったのではないか。
 ヴォエルツィオのバローロを思う時、常に頭に浮かぶのはパチェンティのブルネッロだ。単純な共通点は、両者ともに熟成にバリックを使用していること。そして、パイオニア的な役割を担ったことと言える。前者はネッビオーロ、そしてパチェンティはサンジョヴェーゼと、完熟が遅いぶどう品種で扱いが難しい。たしか、ドルチェットのキオネッティさんは「あそこは南だから、良いぶどうが出来て当たり前」と言っていた。「あそこ」とはモンタルチーノのこと。一方、ブルネッロの生産者のタレンティは「ピエモンテの気候で良いワインが出来るとは思えないけど」と言っていた。今は温暖化で少し変わってきているが、ネッビオーロは熟すのが遅く、収穫は10月中旬から末にかけて。この時期になると、ピエモンテを大西洋起源の低気圧が通過するようになり、収穫期の降雨も珍しくない。糖度が上がらなかったネッビオーロをバリックで熟成させるのは更に難しい。
 最近、ヴォエルツィオのバローロ、ラ・セルラ(La Serra)92年を開ける機会があった。きわめて貴重なバローロ体験であった。理由は二つある。ひとつは92年が気候的に不幸な年だったこと。もうひとつは、バリックによる熟成であることだ。収穫後、約17年のバローロは見事だった。色はバローロ古酒の特徴で、色素は後退していたが、グラス中心部はやや濃くなったレンガ色。味は伝統的なバローロと変わりなく、ハーブ系の香りが主トーン。ワインの傷みはないと判断。健康年齢に十分におさまっている。たぶん、ヴォエルツィオは収穫期にぶどうの選択を徹底的にしたのではないか。同じヴィンテージの彼のバローロ、ブルナーテ(Brunate), チェレクイオ(Cerequio)もあるので、次は同時に開けてみたい。どんなバローロ像が描けるのだろうか。パチェンティは、92年はバリック熟成に適さないとして生産していない。この年は僕がフィレンツェに住んだ時で、雨また雨の秋だった。
 どうしてヴォエルツィオの輸入を止めてしまったのかは覚えていない。赤ワインブームの中で一気に価格が上昇して、手がつけられないバローロになってしまったからではないか。高くて売れなかったので、今も相当の本数が手元に残っている。値段もスゴイが超一流のバローロである。これも僕の退職金代わりになるのだろうか。


1989年ヴィンテージより1998年まで生産者から輸入。