草創期▼
開拓期▼
Pancrazi

Pancrazi

パンクラツィ

 このワインは、ブルゴーニュ旅行に刺激されて輸入するようになったと思う。1993年6月、ワイン勉強で滞在していたフィレンツェから、家族を連れて車でブルゴーニュに向かった。92年8月、フィレンツェに家を借りてすぐに中古のゴルフを買った。すでに走行距離は8万キロを指していたが、イタリアではこの程度は当たり前というので、あまり迷わずに百万円で自分のものにした。10万キロを越えた頃からエンジンオイルが漏れ出した。買ったところに相談したら、シリンダーを再研磨すればまだ乗れるというので、予算10万円で面倒をみてもらった。日本では8万キロを走行した中古車はまず買わないだろうし、さらにまた修理代をかけてまで乗るのはやや滑稽かもしれない。モンタルチーノの砂利道を走っていたら振動でミッションが外れて、いきなりニュートラルに戻ったりするなど、いわく言い難い車だった。車が修理中は娘を小学校に連れて行けなくなり、隣家のジュリオに助けてもらった。一年間の滞在の締めくくりにブルゴーニュに行ってみようということになり、とうとうこの車を下取りに出して、新しいゴルフに買い替えた。フィレンツェからブルゴーニュまでは680キロで、一日では無理なのでバローロで一泊した。当初は四日滞在の予定にしていたが、一日早く切り上げた。「明日イタリアに戻るから」と言うと、娘が「四日間じゃなかったの」と訊いてきた。ぼくは「ここは何を飲んでも美味しいワインばかりだから、もう帰ろう」と答えた。本格的にピノネーロを試したのは、この時が初めてだった。もちろん、イタリアでもアーマのイル・キウゾ、フォントーディのカーゼ・ヴィーア(Case Via)なども飲んで、ピノネーロは知ってはいたが、ここは別ものだった。イタリアではピノネーロを造っても仕方ないのでは、と思ってしまうくらいの衝撃を受けた。唯一の欠点は、ラベルがどれも同じに見えて、意匠的には落第だった。
 フィレンツェに戻ってから、夢中になってピノネーロを探し歩いた。パンクラツィのピノネーロとどこでどのように出会ったか覚えてない。しかし、このワイン発掘のきっかけは先に書いた通りである。パンクラツィのワイナリーは、トスカーナでも北に位置し、モンタルチーノやキアンティ地域よりその気候は冷涼で、ピノネーロの栽培には適しているという。サンジョヴェーゼの苗木を注文したのに、間違ってピノネーロを持ってきたのがこのピノネーロ誕生の始まり。そして、ワイナリーがサンジョヴェーゼと思い込んでいたという話が伝わっている。先述のトスカーナ系ピノネーロ2品との比較では、パンクラツィに優をつけるが、やっぱりブルゴーニュには遥かに及ばない。むしろ、イタリアでは北部のアルト・アディジェやロンバルディーアなど、やや冷涼な地帯に目に留まるピノネーロが出てきている。このぶどう品種は日本でも育ちそうで、八ヶ岳南麓の津金で岡本英史さんが造るボーペイザージュ「ツガネ」はなかなかの佳品。

1994〜96年ころまで生産者より輸入。