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Caprareccia

Caprareccia

カプラレッチャ

 このワイナリーは、エトリヴァン輸入史では比較的新しく、2000年ころからの付き合いになる。それでも交流の機会は多く、07年12月にはワイナリーの一家が来日している。カプラレッチャは、ボルゲリの北7キロに位置する。どちらが本業かいまだに分からないが、アグリツーリズムとワイナリーを経営している。ワイン造りは、フランコ・ガッリ(Franco Galli)の仕事。宿泊施設は、彼のふたりの姪たちが切り盛りしている。フランコの祖父母は、もともとフィレンツェの近くの出身だが、土地を得てここに移住してきた。ボルゲリは、今でこそワイン生産が盛んになっているが、それはごく最近の話で、昔は貧困な地域であったという。隣にはオルネッライア(Ornellaia)、カ・マルカンダ(Ca’ Marcanda)、あるいはサッシカイア(Sassicaia)のサン・グイード(San Guido)などが集まっている。
 フランコいわく、「ここはサンジョヴェーゼが適していないトスカーナ」。僕が理由を訊くと、「まわりのワイナリーもほとんど植えてないから、ここも同じだろう」という答えで、狐につままれたような感じだ。以下は僕の考え。トスカーナといっても実は広い。フィレンツェでは、サンジョヴェーゼの完熟はほぼ稀。ティレニア海沿岸は温度も高く、昼夜の気温差もはっきりしているから、ぶどう栽培に適していないという訳ではない。しかし、キアンティを造る文化がなかった。これが理由ではなかったか?もともと、トスカーナの沿海部は人口も少なく貧しい土地だった。それほど遠くない昔、ピサ以南マレンマまで「一山百文」に近い風景だった。
 フランコにもいろいろ教えてもらった。彼は、百姓的なワインメーカーと表現すれば実像に近い。昔は、自分の畑で生産したスイカと量り売りのワインをトラックの荷台にのせて、ピサやリヴォルノの町を売り歩いた。今はパンにする小麦以外は自家生産で、それらを宿泊施設で提供している。ワインも同様で、生産本数の25%は自家消費になっている。彼のレストランで消費されるのは、安価なサンジョヴェーゼ。これは水代わりに近いワイン。「サンジョヴェーゼを完全になくしたら、ここはトスカーナではなくなってしまう」とフランコは言う。
 フランコは、夜になると僕と一緒に自分のレストランの卓につく。彼からワインや畑の話を聞く。自分のラベルで瓶詰していなかった時代は、ぶどうをオルネッライアに売却していた。自分のラベルのワインが海外に出るとは考えてもみなかったらしい。
 冬になって畑仕事がなくなると、フランコはオペラを見にピサ、パルマ、ミラノまで出掛ける。ベートーヴェンが好きなようで、ピアノソナタを聴く時は誰にも邪魔されたくないので、中から鍵をかけて閉じこもる。彼とはワイン以外で話しこむことがある。これからもそういう好日が続けばと願う。

2000年から輸出商社より輸入。
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