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Masut da Rive

Masut da Rive

マスット・ダ・リーヴェ

 このワイナリーで働くファブリツィオとマルコの兄弟は、ヴィーエ・ディ・ローマンス(Vie di Romans)のジャンフランコ・ガッロ(Gianfranco Gallo)の父方の従兄弟関係になる。輸入するようになった経緯は、はっきりしている。10年近く続いたローマンスとの関係が解消されることになって、イソンツォ地区のワインを新たに補充しなければならなくなったからだ。同じイソンツォ地区にあっても、両者のワイン造りの結果はかなり違う。マスットは赤ワインの種類が多いが、ローマンスはメルローだけである。しかも、このメルローの出来はジャンフランコの白ワインのレベルと比較するとやや淋しい。技術的な理由ではなく、所有するぶどう畑のテロワールの問題ではないかと思う。
 マスットの白ワインの寿命も長い。最近、ピノビアンコ03, ソーヴィニオン02を開ける機会があったが、いずれもピークを越えた印象はなく、フリウリの白ワインの典型的な熟成過程を知る勉強材料になった。ここまで年を重ねた白ワインは、まずレストランで飲むのは無理ではないか。古酒の領域に近づいたこれらのワインを飲むと、ワインバイヤーとしての職業性というか、力量とは何なのかと考え込む。多くの経験を通じて「このあたりから飲みごろが始まる」というメッセージを発信する能力が、自分の職業の専門性ではないかと思う。この点からしても、マスットの白ワインはプロ泣かせである。 10年間の取り引きで、3回しか行ったことがないのも不思議と言えばその通り。二人の兄弟は素朴で、彼らの父親も畑の人という感じだ。

2000年から生産者から輸入継続。